2010/12/07

ペン先のめっきによるたわみへの影響。

2012/08/04 追記
 本ページの計算は間違っていることが確認されました。
 正しい式についてはペン先のめっきによるたわみへの影響、その2覧ください

 現在、万年筆界隈にはひとつの宗教が存在します。すなわち、「ペン先へのめっきによって、ペン先の柔らかさは変わるのか?」
 一時期は「変わる、硬くなる。故にめっきは悪だ」と主張する人をよく見かけました。対して私は、果たしてミクロン単位の薄膜で大した影響は出得るのかと疑問に思っていました。そういった話題をtwitterにてつぶやいたところ、話の流れは失念しましたが、とにかく「調べてみよう」ということになり、そこで私は計算という手段を用いたわけです。

 それでは本題といきましょう。
 まず、ペン先からエラまでの部分を右端を固定した片持ち梁として考えます。また、ペン先の幅bをxの関数と考え、下の式に置きます。

b(x) = bs + (be - bs)/l^2 *x^2
bs: ペン先先端の幅
be: ペン先根元の幅
l: ペン先の長さ

 この式で表されるペン先の幅は下図の様になります。


 以上の青に塗ってある部分がペン先の幅です。まずまず近似されていると見て、この式で計算を進めましょう。

 つぎはたわみを計算します。
 梁のたわみを計算するには以下の公式を用います。
d^2y/dx^2 = -M/EI
M: 梁にかかる曲げモーメント
E: 梁のヤング率
I: 梁の断面二次モーメント

 ペン先は先端に荷重Wを受けて曲がりますので、曲げモーメントはx = 0をペン先先端としてM = Wxで表されます。
 また、ペン先の断面二次モーメントは

h: ペン先の厚み
 となり、xの関数です。

 以上の値を前述の公式に代入しますと、以下の式となります。
ここで定数a, bを用意し、以下のように定義します。
するとたわみの式は
として表すことが出来ます。この式を二階積分します。

ここに境界条件dy/dx(l) = 0、y(l) = 0を利用して積分定数を求め、ペン先先端のたわみy(0)についてまとめますと、
となります。
 この式のW以外の数値は梁に固有なものですので、梁の素性がわかれば定数として置くことができ、それが梁先端におけるバネ定数と解釈することもできます。
 以上にてめっきなしでのペン先先端のたわみを算出することができました。次はめっきのある場合です。

 まずペン先のめっき箇所について考えます。ペン先の製造においてめっき処理がどのタイミングで行われるかを知りませんが、おそらく切り割りの内側にもめっきが施されているでしょう。私が使っているセーラーのプロギアでも切り割りの内側が銀色になっておりました。
 よって、めっきはペン先側面、表面、裏面、切り割りの内側に施されていると考え、断面二次モーメントは次式で表されます。
δ: めっきの厚み
E1: ペン先のヤング率
E2: めっき金属のヤング率
 この式を積分し、δの二乗以上を高次の微小量として無視すると
となります。
 ここでかっこの中の一項目と二項目のx^2の係数はどちらも定数であり、
と置けば、前述のたわみの式と全く同じものになることがわかります。(a, bをa', b'とでも置いたほうがよかったですね。でも面倒なので修正しない。)そのため、上のy(0)の式のa, bを変えるだけでめっき時のたわみを計算することができます。

 さて、以上で今回の主題である「めっきによるたわみへの影響」を算出することができます。
 各数値は以下のもので計算いたしました。
bs: 0.5mm
be: 7mm
l: 9mm
h: 0.4mm
E, E1: 78GPa
E2: 359GPa
δ: 0.3μm

(参考: http://www.patentjp.com/06/G/G100001/DA10011.html
http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/Rmin_GL_079.html
http://www.fintech.co.jp/etc-data/kinzoku-data.htm )

 以上の数値にて計算した結果は以下のとおりです。
以上、今回の条件では3%弱の差しか現れないという結果になりました。


・3%弱という変化は結局、実用時に影響があるのか?
 これはもはや個人によるとしか言えません。少なくとも私は認識できない自信があります。
 「書き味」というものは様々な要因で成り立っています。そのなかで「柔らかさ」が多くを占めると認識しているユーザーならば、めっきありのペンを使用した際に他の要因により「書き味」が低下した場合でも「柔らかさ」が低下したと認識するでしょうし、その逆もありえます。当然柔らかさに対する敏感さも人それぞれです。


・各値が変わったときの数値の変化は?
 最初にこの計算をした際、なぜかペン先の長さを5mm、めっきの厚みを3μmで計算してしまっていました。結果は23%弱。つまり、ペン先の形状やめっきの厚みによってこの値は容易に変化しうるということです。
 今回のペン先の形状はセーラーのプロフェッショナルギアを大雑把に計測したものです。その他のペンを使用している方はこの結果が通用しないかもしれません。


・この計算結果はいかほどに信用できうるものか?
 今回の計算では近似もしくは無視している部分が多くあります。たとえばペン先のヤング率は純金のものですし、めっきの厚みは実際に計測したものではありません。ペン先の丸みや切り割りの影響、ペン先のxによる厚みの変化も考えていません。結果を実験して確かめたわけでもありません(実験するだけのペンがない!)。
 また、私自身も積分が合っているか若干不安です。これを書いたのはだれかに確かめて欲しくて書いたということも少しあります。
 閑話休題、この結果が信用できるかという問ですが、こればかりはなんとも言えません。計算はなんども確かめましたし、各値の大小によって生じるyの変化もまっとうな物と思えます。しかし合っている保証もまたどこにもないのです。そもそも私は数学者ではありません……。この結果を信じるかは読者の判断に任せます。願わくばこの問題を自身で検証してみてほしいです。
 ペンを二本買ってくれたら喜んで実験しますよ!



・追記(12/8)
 今回の条件以外での値の変化について記すのを忘れていました。
 大雑把にまとめますと、

1. ペン先が大きいほど影響は少ない
2. めっきが厚いほど影響が大きい
3. ペン先金属とめっき金属のヤング率(簡単に言えば硬さです)の差が大きいほど影響は大きい
3-1. ペン先が柔らかいほど影響が大きい
3-2. めっき金属が硬いほど影響が大きい
3-3. ペン先金属とめっき金属のヤング率がほぼ等しい場合、めっきによる影響はなくなると見てよい

 といったところでしょう。つまりシャレーナのペン先に分厚いイリジウムめっき(ぐぐったら本当にあった!)でも施せば、めっきによる違いが大きく出るわけです。
 プロギアに使われているめっき金属のロジウムは、ヤング率で言えば鉄の1.7倍とかなり高い部類に入るようです(そのぶん薄いんでしょうが)。たわみへの影響を最小限にするためには銀めっきでも施すのが一番ではないでしょうか。すぐに剥がれそうな気もしますけど。

 ともかく、私はバイカラーニブが大好きなのでたわみへの影響なんてなにも考えずにバイカラーニブを買おうと思います。たわみよりバイカラーのほうが私にとっては魅力的なのです。  

0 件のコメント:

コメントを投稿