2011/12/17

823を修理に出した。

823の軸にヒビが入りました。



 画像中央の白い線がそのヒビです。実際には平行に二本のヒビが入っておりました。
 発見当初は極々微量のインク漏れだけだったため、実用性に問題なしとしてそのまま使用しておりました。しかし、ある日ペンを差している作業着のペンポケットを見たら真っ青。亀裂が進行してインク漏れが激しくなってしまっていました。
 さすがに実用性に難ありとして修理に出すことを決意。すでにパイロットへ問い合わせを送っていたので、すぐに指定された書店へペンを預けました。

 万年筆を預けてから一週間後に見積もりの電話。そこで修理するかどうかを決定し、更に待つこと一週間と五日。修理完了の電話を受けて、今日万年筆を受け取りました。

 修理料金は万年筆修理の基本代金1050円に加え胴軸の部品代金6300円。合計7350円でした。樹脂部品である胴軸ひとつ交換するのにここまでの代金がかかるとは予想外。なかなか手痛い出費です。

 受け取ったとき、最初に預けた万年筆と箱以外に紙が二枚付いてきました。
 一枚は「修理お預かり票」というもので、修理箇所の項目や修理内容が列記されており、カーボンコピーの青い線でチェックが入れられています。
 修理箇所の項目は「ペン先」「機構」「首・胴」「鞘」と「シャープペン・ボールペン」にカテゴリ分けされており、一つ一つ見ていくと面白いです。
「ペン先」の項目には
ペン先ザラツキ
ペン先曲がり
ペン先開き
ペン先くい違い
ペン先ゆるみ
ペン先もぐり
ペン先はずれ
ペンはがれ→貼付け直し
ペンポイント欠落→ペン先交換
ペン先交換
ペン先新規取付
という項目があります。「ペン先ゆるみ」ってどう修理するんだろう、とか「ペン先新規取付」ってペン先だけ欠損した万年筆が対象なのかな、とか。「ペンはがれ」はメッキのことなんでしょうか?
 「機構」カテゴリには「インキでない」とか「インキ出を多く」とかそういった項目が多く並んでいます。また、「書き出しインキ切れ」という項目があり、それには「『ひねり角度』・『筆記角度』の情報(画像が最適です)が必要となります。」とあります。料金を出せばパイロットでも自分にあった角度にペンポイントを研いでくれるんですね。まあ普通はペンクリに持っていくのかな?
 今回は「機構」カテゴリの「インキ漏れ」に丸がついており、「インキ出確認」にチェック、同じく「首・胴」カテゴリの「胴」にチェックが入っていました。
 しかし「槍」やら「バネカツラ」やらはどこの部位のことなのでしょう?

 もう一枚の紙はP式の分かりきった注意事項がずらずらと書かれている紙でした。「落としたら割れる」とか当たり前だろ、なんて思いながら読んでいると、初めて見る一文が。
 インキ吸入後に「ペン先を上に向け、ペン芯の空気溝に溜まっているインキを胴内に落とすために首の部分を指の爪で数回はじいて下さい。」と。こんな手順初めて知りました。もしかしたら取扱説明書に書いてましたかね? 少なくともウェブ上にあるプランジャー式の説明では見たことありません。試してみれば確かにインキが落ちます。今度からはやるようにしましょう。

 このヒビが入った原因ですが、パイロットに問い合わせをした際の見解では「力の強い人が頻繁に尾軸のネジを強く締めたから」ではないかということでしたが、多分違いますね。私は携帯時でも尾軸を締めないことが殆どなのです。やはり、本当の原因はおそらく分解でしょう。以前分解記事に「気密が無くなって吸入が死ぬことがあるので強く締めること」という文章を見つけたためにちょっと強めに締めたと書きましたが、あれが悪かったんじゃないかと思っています。
 あの分解さえなければ修理に出すこともなかった……のかも。
 みなさんも分解には気をつけましょうね。

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 12/24追記

 そういえば、交換前の軸は真円度が低く、卵型カムのような形状をしていました。目視では分かりにくかったのですが、指を当てて軸を回転させていくとあるところでぷくりと盛り上がっているのがわかったのです。
 これは823の製造上仕方のないことなのかな、と思って気にしていませんでしたが、交換後の軸ではこの盛り上がりはなく真円度のいい軸へと変わっていました。
 もしかしたら割れの原因の一つに、この盛り上がりによる肉厚の不均等で応力集中が生じていたというのがあるのかもしれません。あったとしても本当に微々たるものでしょうから、主原因とは成り得ないでしょうが。ヒビのあった位置もその盛り上がりと関係のありそうな箇所であったかどうかは確認していません。
 この盛り上がりがあるものは割れる、などと言うつもりはありません。多分無関係と言っていい程度の話でしょうし。
 ただ、そういった盛り上がりがある個体は存在します。気になる人は購入前にチェックしてみるといいかもしれません。

2011/12/16

最も柔らかさを感じる持ち方とは?

日本の万年筆ユーザはペンを寝かせて書く人が多いです。推測される理由は二つ。一つ目は万年筆購入時からペンポイントが寝かせたときに合わせて研がれているものが多いために、立てて書くと書き味を著しく損なうから。もうひとつは寝かせて書いたほうが柔らかさを感じるから。
 二つ目の理由は副次的なものと思われますが、今回はこちらに関して考察します。

 そも、ペン先の柔らかさとは何か?
 ここでは「ペンポイントへペン先に対して垂直方向の荷重を加えた際の、ペン先先端における単位荷重あたりの変位」と定義します。ペン先先端でのバネ定数の逆数です。ようするに同じ荷重をかけたときに大きくたわむ物は柔らかいということです。当たり前ですね。
 では、ペン先がたわんだ際、人間の手はどのように柔らかさを感じるのでしょう?



 ペン全体を上下方向に並進運動させて文字を書く人はまずいないと思います。一般的には指先を動かして文字を書くでしょう。その場合、ペンの運動は写真に示したA点を中心とした回転運動となります。ここで紙面にペン先を置いた状態から筆圧をかけます。すると、ペン先のたわみによって∠Aが小さくなることがわかります。つまり、人間の手が柔らかさを感じるということはこの∠Aの減少を感じているということです。減少量が大きければ柔らかく感じ、少なければ硬く感じます。

 すると、「ペンを寝かせたほうが柔らかさを感じる」とは一概に言えないということになりますね。たしかにペンを寝かせると筆圧のペン先垂直方向成分が多くなるのでペン先のたわみは大きくなることでしょう。
 しかし角度の変化φを考えると、たわみxが同じ場合は画像のlが短いほうがφは大きくなるのです(φ = x/l)。hは使用者の手の大きさによって決まる定数と考えられるので、lを短くするということはペンを立たせるということになって、ペンが立つとたわみが減って……ああ、一方を伸ばせばもう一方が小さく……。

 では計算しましょう。角度の変化φ[rad]をl[mm]で偏微分して極値を出せばいいのです。
 まずペン先たわみの式です。
Fv : 筆圧のペン先垂直方向成分 [N]
s : 柔らかさ [mm/N]
x : ペン先変位 [mm]

……(1)
 また、xは前述の式から

です。
 さらに筆圧のペン先垂直方向成分は図より

となります。
F : 筆圧 [N]
θ : 筆記角度 [rad]
 よって(1)式は
です。
 更に、図より
なので
となります。
 これをφについて解くと
更にlで偏微分して
この式が0と等しくなるlが極値ですので、
という式になり、これをlについて解くと
です。(l = ∞も解のひとつです。)
 これを筆記角度に直せば
となります。(ArcSinは右辺に付けなきゃいけないんだった、と気づいたけど面倒なので修正しない)
 つまり、筆記角度45度のときが最も柔らかさを感じるということです。

 F = s = 1、h = 0.1の時のφのグラフです。


 たしかにl = √2 h = 0.1414付近がピークとなっています。
 hが0.1だと、45度以下の時は殆ど感じ取れないようなものですね。実際のhは1以上なのでここまで極端なグラフにはなりませんけど。

 ※実際の筆記では摩擦力もペン先を変形させる力として働きますが、それは上から下に線を引く場合のみの話なので、今回は垂直抗力のみで考えました。
 また、ここでは筆圧を一定の値として計算しましたが、手から加えられるモーメントによって変化する = lの関数になるかもしれません。その場合は計算結果は違ってくるかも。

 というわけで、つまるところ万年筆の柔らかさを一番よく味わいたいならば筆記角度45度で書きましょうというお話でした。

2011/11/15

823プランジャー式でインクを一杯まで吸入。

 パイロットの万年筆、カスタム823はプランジャー吸入式という珍しい吸入方式を採用しています。これの利点は珍しかったり面白かったりを除けば、なんといっても吸入できるインクの多さ。尾栓によってインクタンクを遮断しなければ、気圧差によってインクが溢れでてくる危険があるほど。
 しかしそのプランジャー吸入式ですが、普通に吸入操作を行うだけではインクタンクいっぱいまで吸入されません。


 もうすこし入るんじゃないか? 結構な人がそう思うようです。私も例外ではありません。せっかくの大容量インクタンク、破線のところくらいまで吸入できたらいいのに……。
 そこで実際に一杯まで吸入できる方法を考えた人がいます。ググるとちょこちょこ出てくるようです。

・方法1


 まずピストンを一番下まで下ろします。そこから、ペン先を上にした状態でピストンを上げていき、インクタンク内の空気を全て排出します。そこでインク吸入。
 この方法ですが、私は苦手です。まず空気排出段階でペン先からインクが飛び散ってしまいます。それをティッシュでカバーしながらピストンを上げていくというのは難しい……。さらにモタモタしているとインクタンク内と大気圧の気圧差が小さくなっていってしまい、結果普通に吸入するよりも少ないインクしか吸えない、という事態が起こってしまいました。

 もうちょっと何か別の方法はないもんか……。と思っていたのですが昨日思いつきました。どうして今まで思いつかなかったんだ、こんな簡単な方法が……と思ったくらい単純です。方法2です。

・方法2


 普通は最初にピストンを一番下まで下げますが、こちらでは残っているインクの液面ぐらいまでしか下げません。そしてそこから普通に吸入。
 こちらの利点はまず方法が簡単なことです。インクも飛び散る可能性はありません。
 欠点は、この方法で効果が出る残存インク量の幅が狭いことでしょうか。一度普通に吸入して更に、という場合は気圧差を生じさせる気体の体積が小さくなるため、追加で吸入できる量もあまり期待できません。回数を多くすれば吸入できるとは思いますが。あんまりすっからかんな状態でも普通に吸入するのと大した違いがなくなるので、この方法をとったことによる効果は薄くなるでしょう。丁度、画像と同じくらいのインクが残っているときが効果が出やすいような気がします。
 どのみち「そろそろ吸入しておくかな?」と感じたときに一発で多くのインクを吸入できるので、大した欠点でもないと思います。あくまで私の吸入タイミングでは、ですが。

 しかしこの方法2、昨日思いついただけで実際には一回しか試行していません。その一回では普段の吸入量よりも目に見えて多くのインクを蓄えられたのできっと効果があるのだろう、と思ったに過ぎません。
 ですから上に挙げた利点欠点も予測です。あしからず。

2011/11/09

ニブ丸みとハート穴位置によるペン先開きへの影響。

Solidworksシミュレーションシリーズ第二弾。ペン先の開き方はどのような因子によって決定されるのか?
 ペン先の開きは、万年筆の魅力として「線に抑揚を付けられる」という点を重視する人にとっては大変重要なポイントです。他にも筆圧による紙のへこみから線が太くなったり、インクの濃淡によって印象が変わったりという因子もありますが、ペン先の開きによる線の太さの変化が一番大きいのではないかと思っています。

 検討した因子は二つ。ニブ丸みとハート穴の位置。
 私は長らく「ペン先開きはニブの丸みによって左右される」と信じていました。ニブが丸くなればニブ断面の断面二次モーメントが最小となる角度が大きくなっていき、開く量が増えるという考えです。
 しかし一つ前の記事(http://illlorzlli.blogspot.com/2011/11/solidworks.html)を書いた後、新たな考えが浮かびました。この記事で変形部を表した画像があります。その画像では、ハート穴からエラに向けての斜めになった線以降が固定部となっています。この斜めの角度が大きいほどペン先開きも大きくなる、つまりハート穴位置もペン先開きの重要な因子の一つなのではないか、という考えが生まれたのです。

 前回、頑張ってペン先モデルを作成しようとしたのですがエラ部分がおかしくなってしまいました。さらにおかしくなったエラ部分は殆ど変形しておらず、苦心して作った甲斐はまったくありませんでした。と、いうわけで今回は固定部を非常に簡略化したモデルを作成。
 ペン先丸みは3種類。
 全く丸みをつけていないもの。



 前回と同じ丸みをつけたもの。(以下標準丸み)



 約二倍の丸みをつけたもの。(以下二倍丸み)



 これらに加え、標準丸みと二倍丸みの二つはハート穴位置を伸ばしたものと縮めたものもシミュレーションしてみました。丸みなしではハート穴がどこにあろうとペン先は一切開きませんので省略。

 まずハート穴位置固定、ニブ丸みごとで比較してみましょう。




 丸みはペン先開きには効果覿面。しかし同材料、同荷重でのたわみは上から
0.2010mm
0.1681mm
0.1065mm
となっていますので、やはり丸みが大きいとたわみは減ります。画像は同じくらいのたわみになるよう変形を拡大しているので、実際は同じ荷重ならばたわみが少なければペン先開きも小さくなります。そのことを考慮するとあまり丸みが大きすぎても、ガチニブになって全くペン先が開かないといった事態になるのが容易に想像できます。ペン先の開きを確保でき、かつ柔らかさも損なわないというちょうどいい丸みを模索する必要があるでしょう。

 次は標準丸みのハート穴による変化。






 あまり大きな変化は見られません。ハート穴が短いほうは目視で少しは違いがわかりますが、長い方は見た目で変化を感じ取ることはできない程度です。
 たわみは上から
0.1156mm
0.1681mm
0.1872mm
でした。こちらは開きが大きくなるにつれ、たわみも増えています。ですので、前述したとおり画像で見る以上に違いは顕著に現れるはずです。

 丸み二倍ではこのようになります。







 たわみは上から
0.06685mm
0.1065mm
0.1300mm
です。評価は標準丸みでのものと全く同じですね。パッと見あまり変わらないけど柔らかさの違いから見た目以上の効果がある、というわけです。

 さて、ここで一つ疑問が出てきます。ハート穴は後ろにあったほうがペン先が開くのは分かりました。しかし丸みのほうは開く角度が大きくなる影響と硬くなる影響のどちらが優っているのか? 硬さが勝っていれば下手をすると丸みがある方が開きにくいという結果になりかねない。そこは確かめなければ。
 標準丸みと二倍丸みのペン先開き幅は画像から読み取るに約二倍。たわみと開きは比例すると考えられるので、同荷重での二倍丸みペン先開きは、標準丸みの2*0.1065/0.1681 = 1.267倍となります。一倍以上になっているので硬さのほうが優っているなどということはないようです。
 しかしこれはどこかでひっくり返るでしょうね。あまり丸みが大きすぎると硬いわペン先開かないわでガチニブ決定です。タルガやヴァーブ、シルバーンのようなラウンドニブに柔らかさを求めるのは間違いということです。タルガはペン先が上に反りあがっているのでその限りではないかもしれませんが、どのみち変形部長さが短く、反りあがりの影響で変形部丸みはゼロとなりガチニブには変わりありません。

 では次。丸みとハート穴、どちらがペン先開きの因子としてより大きい影響をもっているか。
 まず丸みなし、標準丸み、二倍丸みをそれぞれ0、1、2と定義します。そこでそれぞれのペン先開き量を0、1、1.267として最小二乗法により近似直線の傾きを求めます。結果は0.6335。
次はハート穴位置による変化の割合です。これは標準丸みでの画像上のペン先開きは全て1、二倍丸みは全て2であるとして、たわみの比から同荷重での開きを計算。それをハート穴位置に対する変化の割合を同じく最小二乗法にて計算。二つの丸みの平均を取れば0.0637/mmでした。(画像上では4mmづつ変化させています。)

 0.6335と0.0637/mm、二つの数字は単位が違うので比較しようもありませんが、単純に数字の大きさだけ考えれば丸みによる変化のほうが十倍大きいということになります。
 実際に変化させることができる範囲を考えても、丸みは今回作成した0~2の範囲での変化は十分可能なのに対して、ハート穴の変化は画像を見て分かる通り4mmの変化というものはありえません。違和感なく変更できるのは1mm程度でしょうか。となれば変更可能範囲は丸み[0, 2]、ハート穴[-1, +1]mmと同じ変化幅となるので、やはり丸みによる影響のほうが大きいと言えるでしょう。
というかハート穴位置による影響はほぼないと考えてよさそうです。私が一つ前の記事で得た発想は間違いでした。

 しかし何度も言っているとおり、丸みを増やすと柔らかさが減ります。柔らかいニブが好きな人にとってはあまり丸みを増やさないでほしいところですね。

 おまけ。フォルカンっぽいもの。



 普通の部分での変化と大きく抉れている部分での変化が重ねあわせされている状態ですね。抉れ部分での変形では真上に変形するだけなので、ペン先開きへは影響ないです。どちらかといえば抉れ部分とハート穴間でペン先開きは小さくなる方向に変形するかもしれませんが、微々たるものでしょう。画像で開き方が小さくなっているように見えるのは変形の拡大率が小さいためです。たわみは0.4464mmと大きく、なんと通常の2.66倍! 抉れ位置の前後によっては三倍に届こうかというやわらかさです。まさに万年筆界の赤い彗星。

 フォルカンによる影響は、視覚による効果を考慮しなければ次の二点でしょう。
・柔らかさが大きく増す
・柔らかさが増した割にペン先の開きは変わらない
「フォルカンは普通のペンとは違う」と感じている人は二点目からくる違和感か、視覚効果か、もしくは柔らかすぎによる違和感でしょう。二点目も「大きくたわむけどペン先は開かない」というニブ形状は存在するので、そこまで異質なわけではないんじゃないでしょうか。どのみちフォルカンを持っていない私には実際のところはわかりませんが、理論的にはとんでもなく柔らかいだけのニブです。「抉れがあるから書き味が違う」というのは勘違いなのではないでしょうか。
 しかし理論的にはペン先開きは変わらないというにも拘らずすんごく開くらしいので驚きです。多分抉れがなくてもふわふわなペン先なのではないでしょうか。それに加え曲げモーメントの大きくなる根本付近に抉れを持たせているのですから、それはもうたわみますよ。
 個人的にはFAのMを出して欲しいものですが、まあ実現することはないでしょうねぇ……。


※この記事内にある変位は全て材質を合金鋼(ヤング率206GPa)、荷重1Nで計算しています。故に絶対量での評価は行っていません。

2011/11/04

Solidworksによるニブのたわみ解析

 Solidworksという三次元CADがあります。かなりシェアは高いみたいです。ですが私はそんなに好きではないです。三次元で書くのはどうも慣れない。二次元のほうが楽です。
 とはいえ、シェアが高いのにはそれなりの理由があります。このソフトは部品に荷重をかけた時の変形を計算してくれるのです。あと流体の解析とかしてくれるらしいですが使ったことない。
 そんなSolidworks、うちの学校で教育版を100アカウント持っているので学生が卒研やらなんやらで使えます。普通に買うとたしか百万円弱くらい。
 そこでこのブログの放置ぶりがひどいということと現在卒研ですることがないという二つの理由から、「Solidworksでニブのモデル作ってたわみ解析しようぜ!」と思い立ちました。

 で、どーん。



 正直あまりSolidworksに慣れていないので、このモデル作るのに散々手間取った挙句にエラ部分がなんか変。一応モデルはパイロット15号です。お遊びですしそこまで凝るつもりもありません。だいたいそれっぽいので変な部分はまあ置いといて、このまま進めます。

 条件は以下のとおりです。
筆記角度40度
荷重30g ≒ 0.3N
 いずれも私が書くときの大まかな値です。

 で、ばーん。



 おお、ペン先開く開く。画像は誇張されてるみたいです。色の変化は変位です。
 固定部と弾力部の違いが如実に現れていますね。根元の変化はほぼゼロであることがわかるので、ニブが首軸に押し込まれている量が大きくても柔らかさへの影響はほぼないことが読み取れます。
 変位は二つの材料で調べました。14金のヤング率は調べても見つからなかったので、次の式で 大体の値を計算。
E = ΣEi*pi
Ei:各金属のヤング率
pi:各金属の含有率

参考
http://www2.tokai.or.jp/kenwest/Jchisiki/noblmtl1.htm
http://www.fintech.co.jp/etc-data/kinzoku-data.htm

 各金属の割合は上の14金(淡い黄色)から計算しました。明らかに正しい値が出ない式ですが、純金そのままよりは幾許かマシでしょう。計算したら87GPaでした。
 それでシミュレーション実行してみたらこんな値です。

14金(87GPa) 0.14918mm
純金(78GPa) 0.16639mm

 さて、この二つの材料で違う部分はヤング率です。たわみはヤング率に反比例するので、ヤング率とたわみでそれぞれ比をとってみましょう。
87/78 = 1.11538
0.16639/0.14918 = 1.11536
 ほぼ一緒。やはりたわみ量はヤング率に反比例しているということがわかります。
 私は常々この材質はこんな書き味、あの材質ならあんな書き味、という理論が気に食わなくて仕方ありませんでした。材質によって書き味が変わるものか、と。確かにこの結果のようにヤング率によってたわみは変化しますが、そんなものはニブ形状による違いに比べれば些細なものです。(さすがにステンレスの195GPaと金では違いも大きいですが。)
 人間の触覚がいかに優れていると言っても、ニブが直接触れているのは紙だけです。確かに材質によって柔らかさは変化しますが、それもニブ形状の因子のほうが大きいものです。私には「材質固有の書き味」なんてものは信じられません。完全否定はしませんが。

 次はニブ形状による変化です。今回は新しいものたくさん作るのも面倒でしたし、厚みを半分にしたものだけを作りました。ちょっとパラメータを間違えたかもしれないので純粋に厚み半分だけではないかも。大体一緒ですが。


 画像の変化量はある割合で拡大されており、元々の変化量が大きければその拡大率は小さくなるようです。つまり上と見比べても画像上での違いは殆ど無いはずです。
 結果は以下。

14金(87GPa) 0.73106mm

 半分にする前との比は4.9倍でした。単純な板とは違い、シンプルに8倍になるというわけではないですね。
 当然ながら、元と半分にしたもので変化している部分に違いは見て取れません。薄くすればしただけ変形する部位は変わらずに柔らかくなります。変形の仕方が変わるわけではありませんから、厚みによる変化は柔らかさの変化だけです。
 何が言いたいかというと、twitterで再三再四言っているように「腰がない」などという評価はないということです。こちらは完全否定します。
 よく柔らかすぎるニブは「腰がない」と呼ばれます。しかし確実な評価としてあるのは柔らかさの度合いだけで、腰のあるなしは個人的な感想です。自分の好みの柔らかさを越えたふにゃふにゃニブを腰がないと呼んでいるに過ぎません。それをあたかも「柔らかさ」とは別次元の評価とでも言いたげに「腰」を持ち出すのはどう考えたっておかしいのです。世の万年筆愛好家の方には「腰がない」という表現は評価ではなく個人的感想であることを重々理解し、これから新しい万年筆を購入したいと考えている方は感想にすぎない「腰がない」という記述に騙されることがないようにしてほしいものです。

 自分の筆圧での大体の変形を知りたければ、30で割って自分の筆圧[g]をかけてくだい。

 それにしてもSolidworksはすごいですね。個人用PCでこんな変形のシミュレーションや応力解析までできてしまうわけですから。これをタダで使わせてくれる学校はやっぱりいいものなのですね。